病院の換気対策ガイド(動画版)
エアロゾル感染が疑われる院内クラスターの事例が発生しています。実際に1000カ所程度の医療福祉機関の居室に立入調査をさせて頂いた上で、生きた現場の知識として動画版ガイドを作成いたしました。
※制作協力:京都府、京都府保健環境研究所、産業医科大学(喜多村先生)、宮城県結核予防会(齋藤先生)
保育園の換気対策ガイド(動画版)
全国の保育園・幼稚園等でクラスターが多発しています。そこで少しでもエアロゾル感染の発生を抑止できることを願って作成いたしました。実際に20カ所程度の保育園に立入調査をさせて頂いた上で、生きた現場の知識として動画版ガイドを作成いたしました。園長先生だけでなく、職員の皆さんもご覧ください。
ユーチューブ動画の構成(保育園におけるエアロゾル感染対策、23分39秒)
必要換気量の確保(1人当たり換気量30㎥/h)
CO2センサの導入(1,000ppm以下に維持)
自然換気の確保
機械換気設備の点検と清掃
HEPA空気清浄機の導入
サーキュレーターの汚染対策
パーティションの高さ制限
※制作協力:あすぷろ実行委員会 委員長 上坂洋文 氏(ブログ)
※動画の内容は2022年9月現在の情報に基づいていますが、今後の研究結果によっては修正・追加される可能性があります。
高齢者施設の換気対策ガイド(動画版)
インタビュー形式で作成しました。
協力 スペースひだまり(横浜市)、1000PPM倶楽部(あすぷろ実行委員会)
※動画の内容は2023年3月現在の情報に基づいていますが、今後の研究結果によっては修正・追加される可能性があります。
エアロゾル感染対策ガイドブック
最新版へのリンクはこちらから
参考:換気対策ガイドブック(旧版)
旧版では「マイクロ飛沫」という誤った表記が見られますが、「エアロゾル」と適宜読み替えをお願いいたします。
ニュース
京都府から新たに最新版のエアロゾル感染対策ガイドブックが発刊されました!(2023/)
東京都のWebに換気対策ガイドブックが掲載され、チャットボットからも検索できるようになりました!
京都府で「換気対策!ガイドブックの京都版」が刊行され、府内2万店舗に配布されることが決まりました!(詳細はこちら)
東京都のコロナ対策リーダー(約12万件)に本ガイドブックがオンラインで周知されることになりました!(2022/3/1)
三原市歯科医師会様のWebページで換気対策ガイドブックが紹介されました!(2022/2/15)
医療介護施設向けガイドブック400部が宮城県の医療機関・老健施設向けに配布されることになりました!(2021/2/10)
群馬県のWebページで換気対策ガイドブックが紹介されました!(2022/2/2)
飲食店・音楽会場向けガイドブック5,000部が宮城県で配布されています!(2022/1/31)
医療介護施設向けガイドブック300部が東松山市(埼玉県)で配布されました!(2021/1/19)
感染が拡大する沖縄県の飲食店向けに1万部の配布がはじまりました!(2022/1/5)
医療介護施設向けのガイドブックが公開されました!(2021/12/27)
飲食店・音楽会場向けガイドブック500部が東松山市(埼玉県)で配布されました!(2021/12/1)
本ガイドブック5000部が渋谷区(東京都)で配布されることになりました!(2021/11/1)
本ガイドブック1500部が調布商店街(東京都)で配布されることになりました!(2021/12/10)
本ガイドブック100部が一般社団法人 日本音楽会場協会を通じて音楽会場等に配布されることになりました!(2021/12/11)
はじめに~多重防護を知ろう!
新型コロナの感染経路は「接触感染」「飛沫感染」「エアロゾル感染」の3つに分けられます。上図に、感染経路毎に有効な防護策を整理してみました。各々の防護策は完璧ではなく、必ず抜け穴があります。例えば不織布マスクを使っていたとしても、マスクと顔の隙間から空気が漏れてしまうため、ウイルス飛沫をシャットアウトできる効果は50%程度と考えられています。こうした抜け穴に対処するためには、防護策を多重にすることが重要です。このような考え方を多重防護といいます。そこで以下では、「接触感染」「飛沫感染」「エアロゾル感染」の3つの感染経路に加えて、「検査」「ワクチン」を含めた新型コロナに対する多重防護策について考えます。
接触感染:ウイルスのついた手で口や目などの粘膜を触ることで感染することを接触感染と呼びます。こまめな手洗い、よく触れるもの(例:机の上、ドアノブ、スマホ)の消毒、様々なモノの非接触化(例:使い捨て手袋の着用など)が有効です。また、そもそも口や目を無意識に触らないよう注意することも大事です。人によっては一日で数十回も顔を触ることもあるようですので、意識して触らないようにすることや子供への教育も重要です。これらの対策が複数とられているかを再点検しましょう。
飛沫感染:飛沫とは、感染者の咳・くしゃみ・発話によって口から飛び出す、ウイルスを含む唾液の粒を意味します。飛沫が相手の目や口などの粘膜に直接触れると飛沫感染を起こします。また、飛沫が付着した物を介した接触感染も起こります。飛沫の飛散はアクリルパネルやビニールシートなどの仕切板で止まります。また、重力で徐々に落下するため、せいぜい1.5mくらいしか飛びません。そのため、物理的な距離を保つこと(ディスタンス)や、サービスの非対面化も有効です。そもそも口から飛沫が飛び出しにくくするために、マスクも非常に有効です。これらの複数の防護策を多重化することが大切です。
エアロゾル感染:ウイルスを含む非常に小さな粒子(飛沫核またはマイクロ飛沫とも呼ばれます)が空気中を漂い、それを呼吸して取り込むことで感染することをエアロゾル感染と呼びます。マイクロ飛沫は、感染者の咳・くしゃみ・発話によって生成されます。また、飛沫が空気中で乾燥してマイクロ飛沫に変化することもあります。マイクロ飛沫の粒子の大きさは、線香やタバコの煙と同じくらいです。ですから、煙と同じように空気中を長時間漂い、気流に乗って移動する性質があります。そのため、換気を行うことによっていち早くマイクロ飛沫を部屋の外に追い出すことが重要です。併せて、空気清浄機も有効です。マスクも有効ですが、特にマイクロ飛沫のシャットアウトに関しては、不織布マスクの性能が群を抜いて優れています。エアロゾル感染の原因であるマイクロ飛沫は目に見えないので、タバコの煙対策と同様に考えると良いでしょう。複数の防護策を組み合わせて、いち早くマイクロ飛沫を吸い込む可能性を減らすことが重要です。
検査とワクチン:そもそもウイルスが店舗や建物に入らないよう、検温やワクチンパスポート・陰性証明書の提示が広く行われています。しかし感染者は発熱しているとは限らないので、この対策だけでは不十分です。ワクチンについては、1.2.3.の全ての防護策が破られて体内にウイルスが侵入してしまった場合の最後の砦だと言えます。しかしワクチンを必要回数接種していても感染する「ブレイクスルー感染」が広く起きているので、やはりワクチンだけでは不十分だと言えるでしょう。
店舗での感染症対策を考える上で重要なことは、1つの防護策だけに頼ることなく、多重の防護を講じることです。100%完璧にウイルスをシャットアウトできるような防護策があれば良いのですが、残念ながら現在の科学技術では実現できていません。ですからもう一度、「接触感染」「飛沫感染」「エアロゾル感染」の3つの感染経路それぞれについて、多重防護がとられているかどうかをチェックしてみてください。
次の章からは、特に対策が難しいとされる「エアロゾル感染」について説明します。その上で、換気や空気清浄などの具体的な対策と、その注意点について考えて行きます。
「エアロゾル感染」に備えよう!
前の章では、新型コロナの感染経路は「接触感染」「飛沫感染」「エアロゾル感染」の3つに分けられるという話しをしました。中でもエアロゾルというのは、部屋中に拡散し、気流に乗ってどこへでも簡単に移動し、僅かな隙間からも漏れて入ってくるというやっかいな性質があります。そのため「エアロゾル感染」の対策には、特別な知識が必要となります。そこで本章ではまず、実際にエアロゾル感染がどのように起きているかの実例を見ていきます。
図2-1は、換気状態が非常に悪いレストランで発生したクラスターの事例(出典:Lu et al. 2020)です。赤丸○で囲った席の方々が次々に感染しました。感染の発端となったのはA1の席に居た人だと見られています。A1の向い合せや隣合わせの席に限らず、感染者が広く分布していることから、空気を媒介してウイルスが伝播したのではないかと考えられます。
図2-2は飛行機のビジネスクラスでの感染事例です(出典:Khanh et al. 2020)。赤色■の5Kの座席が発端になったと考えられており、オレンジ色■の座席の方々へと次々に感染したとみられています。ビジネスクラスということもあり、かなり広々とした座席だったと思われます。しかし、ウイルスが座席を超えて広まった事が見て取れます。
「接触感染」「飛沫感染」「エアロゾル感染」の3つの感染経路のうち、「接触感染」と「飛沫感染」については、お客様個々人がウイルスを取り込まないように多重防護することが可能です。しかし「エアロゾル感染」については、誰もが空気を吸わざるを得ないわけですから、個人でできる有効な防護策は不織布マスクの装着くらいに限られてしまいます。だからこそエアロゾル感染対策については、建物管理者側、つまり店舗オーナーやスタッフによる対策が必要になるのです。多重防護の観点から、店舗・事業者側でのエアロゾル感染の重要性が、おわかりになりましたでしょうか?
次の章では、エアロゾル感染のリスクを可視化する上で重要となるCO2センサーの役割について説明します。
誤解しないで!CO2センサーの本当の役割
CO2センサー(二酸化炭素濃度の測定器)は、三密(密閉・密集・密接)のうち、密閉(換気が悪い空間)と密集(人が過剰に集まる状態)の度合いを同時に可視化するための装置です。では、なぜCO2センサーで密閉密集が測定できるのでしょうか?
人の吐く息には非常に多くのCO2が含まれています。屋外の新鮮な空気はCO2濃度が400ppm(ppmは百万分の一)程度ですが、呼気には3~4万ppmのCO2が含まれているのです。そのための室内のCO2濃度を測定すれば、人々の吐息がどれだけ室内に滞留しているかがわかります。
図3-1にCO2濃度に応じた換気の区分を紹介します(出典:石垣 2021)。日本国内においては、概ね1,000ppm以下に管理していれば換気の状態としては良好であると言えます。なお、先進諸外国において、パンデミック下ではCO2濃度を800ppm以下に管理することが提言されています。重要なことは、CO2濃度によってエアロゾル感染のリスクを見積もるとき、瞬時値よりも蓄積量が重要だと考えられています。例えばエレベーター等で、たまたま多くの人が乗り合わせて一瞬だけ濃度が2,500ppmを超えるような場合よりも、換気の良くない1,500ppm程度の部屋で何時間も過ごすことのほうが、エアロゾル感染のリスクは高いといえます。
図3-2は、結核の空気感染リスクについて良く知られているWells-Riley Modelという数理モデルを元に、4種類のCO2濃度(1000, 1500, 2500, 3500ppm)の部屋に感染者が1人居たとき、そこにあなたが何時間居たら、どのくらいの確率で感染するかをプロットしたものです。様々な前提(※)の元でシミュレーションしたグラフですので、必ずしも実環境で当てはまるとは限りませんが、少なくともこのグラフからは、「CO2濃度を低く管理すること」「滞在時間を短くすること」が、いかに感染症予防において重要化がおわかりいただけると思います。
残念ながら、「新型コロナのエアロゾル感染を防ぐためにCO2濃度を管理することがどのくらい有効であるか」を定量的に示す疫学的な証拠はまだ不足しています。しかし結核の場合では、CO2濃度を1,000 ppm 未満に管理すれば、接触者の発症率を97%減少できるという報告があります(Du et al. 2019.)。そのためCO2濃度の管理は、新型コロナにおいても有効だと考えられており、政府や自治体は店舗・事業所へのCO2センサーの設置を広く推奨しています。
このようにCO2センサーは、目に見えないエアロゾル感染リスクを可視化できるため、非常に強力なツールとなります。ところが、CO2センサーは置いただけでは全く何の効果もありません。ただ対策アピールのためだけにCO2センサーが設置されているだけの事例も散見されます。エアロゾル感染のリスクを真に低減するためには、次の4つのステップが求められます。
正確な装置を「選定」する
適切な場所に「設置」する
測定結果を「可視化」する
データに基づいて「換気対策」を講じる
CO2センサーによるエアロゾル感染防止のための「選定」「設置」「可視化」「換気対策」について、次の章で順に詳しく説明して行きます。
※注釈:室内に感染者が1名居た場合の感染リスクを、肺結核の空気感染モデルとして知られるWells-Riley Modelを用いて換気条件(定常時CO2濃度)毎にプロットした。 床面積100 [m^2]で天井高 2.7 [m]の空間を想定しているため容積は270 [m^3]、感染者を含めた在室者数は10名、在室者の呼吸率p=0.39 [m^3/h]、感染者からの感染性粒子発生数は100 [quanta/h]と仮定した。 換気量Qは所与の定常時CO2濃度(1000, 1500, 2500, 3500ppm)からザイデルの式を用いて算出した:1,000ppm時はQ=598 [m^3/h]、1,500ppm時はQ=326 [m^3/h]、2,500ppm時はQ=171 [m^3/h]、3,500ppm時はQ=116 [m^3/h]。 本モデルは、感染者の呼気や空気が均一に混合されていること、非感染者の感受性が等しく定常曝露していること、感染性飛沫核(エアロゾル)の感染能力の喪失や濾過・沈降等による除去が無いことを前提としている。現実環境では、これらの条件を厳密に適用することは難しいため、本グラフは、絶対的な感染リスクの見積もりのために用いるのではなく、換気の改善や滞在時間を減らすことで相対的に感染リスクをどの程度低減できるかを視覚的に理解するためのリスクコミュニケーションのために用いる事を想定している。
CO2センサーの「選定」~粗悪品に注意!
図4-1に、全国の新型コロナ対策の状況をまとめてみました。アクリル板や検温などの「目に見えやすい対策」は多くの方が行っているのに対して、CO2センサーの導入は3割程度に留まっています。しかし今、多くの自治体がCO2センサーへの補助金を付けており、政府も設置を推奨しているので、これから増えてくるでしょう。
ところで、CO2センサーをネット通販サイトで検索すると、2000~3000円くらいから数万円まで実に様々な製品がヒットします(図4-2)。これらはちゃんと測定できるのでしょうか?一言でいうと、安すぎる製品はオススメできません。
電気通信大学の研究チームでは5,000円以下の安価なCO2センサー12台を購入しました(価格帯は2,900~4,999円)。アクリル水槽にこれらのセンサーを封入し、水槽内部のCO2濃度を変化させることで、CO2の測定精度を検証しました。この結果、全体の25%のセンサーは低精度ながらもCO2には反応しました。しかし67%はCO2に反応を示さないばかりか、消毒用アルコールを近づけると強く反応しました。つまり、安価なセンサーの過半数がCO2濃度を正確に測定できない粗悪な製品であることがわかったのです(参考リンク)。
CO2センサーが過小な値を表示すると、本来は換気すべきタイミングで換気できなくなる危険性があります。また、アルコール消毒の度に過大な値が度々表示されると、利用者が測定値を信用せず関心を示さなくなる(オオカミ少年効果)という危険性があります。このような粗悪なCO2センサーの設置はエアロゾル感染対策において意味をなさないばかりか、むしろ対策を阻害するものであると言えます。
購入してしまったCO2センサーが正しくCO2を測定できているかを誰でも簡易的に確認できる方法がありますので、以下に紹介します。これは、経済産業省のガイドラインでも推奨されています。
購入前に確認すること
センサーの測定原理として光学式を用いていること。具体的にはカタログや仕様書に非分散型赤外線吸収(Non Dispersive InfraRed:NDIR)や光音響方式(Photoacoustic)と書かれているものを推奨します。
補正用の機能が付いていること。測定値のズレを自動的または手動により修正する機能が装備されている機種を推奨します。(メーカーによっては校正と呼ぶ場合もあります)
購入後に確認すること
測定器に呼気を吹きかけると、測定値が大きく増加すること。
消毒用アルコールをかけた手や布を近づけても、CO2濃度の表示が大きく変化しないこと。光学式センサーを用いていれば、アルコールには反応しないはずです。
詳しくは、経済産業省・産業用ガス検知警報器工業会による「二酸化炭素濃度測定器の選定等に関するガイドライン」(2021年11月1日)も参考にしてください。
次章では、CO2センサーを適切な場所に「設置」する方法を説明します。
CO2センサーの「設置」~どこにいくつ?
前章では、粗悪なCO2センサーの見分け方を紹介しました。CO2センサーを入手したら、次に設置場所を検討しましょう。基本的には部屋の中央付近に設置すれば良いのですが、実際には、部屋の中央には色々な物が置かれ、センサーを置くと仕事の邪魔になる場合が多いと思われます。また、電源が取れる場所も限られるので、普通は部屋の端に置く場合が多いでしょう。CO2ガスは室内の気流に乗って拡散する性質がありますので、部屋の隅に置いても特段、差し支えはありません。ただし、後述の設置場所に関する注意を守ってください。
高さについてはどうでしょうか。CO2ガスは空気より重いので床に溜まるようなイメージがあると思いますが、これは誤りです(もしそうだとしたら、地表はCO2だらけになってしまいます)。実際には、呼気の温度は室温よりも高いので、人体から出るCO2ガスの比重は軽くなり、天井までゆっくりと上昇します。そのため天井にCO2センサーを設置すれば、CO2の上昇を早期に検知することもできます(煙感知器も同じ理由から天井に付けられています)。天井まで上った呼気は冷やされて、CO2ガスは徐々に床に降下し、人体など動いているものに触れるとかき混ぜられて拡散します。このような循環を繰り返すうちに、CO2ガスは部屋の中に拡散します。そのため時間が経てば、床と天井のCO2濃度は同じような値になるのです。
以上の理由により、CO2センサーは「どこにおいても大丈夫」です。部屋の中央付近でも端でも良く、高さについても都合の良い位置に設置すれば良いでしょう。ただし、次に示すような場所だけは避けてください。
過大な値が表示される場所:
(高い濃度のCO2ガスが直接センサーに吹きかかるような場所に設置すると過大な値が表示されます)
人の息が直接かかる場所(例:個人デスクの上)
燃焼物がある場所(例:ガス調理器、固形燃料、燃焼式ストーブ)
炭酸ガスボンベを使ったビールサーバーの近く
過小な値が表示される場所:
(屋外の新鮮な空気は400ppm程度なので、この新鮮な空気が直接センサーにかかると過小な値が表示されます)
窓の近く(窓が開かない場合は除く)
ドアの近く
空気取入口の近く
センサーの精度が落ちる可能性がある場所:
(温湿度の急激な変化や風はセンサーの測定に悪影響を及ぼすことがあります)
常に風がかかる場所(例:送風機や扇風機の浮き出し口付近)
温度や湿度が大きく変化する場所(例:加湿器やエアコンの吹出口付近)
次に設置個数について考えます。空間さえつながっていればCO2ガスは自然に拡散しますから、CO2濃度のトレンド(増減の動き)はほぼ同じになります。そのため、一般的なオフィスや会議室は1つの空間とみなして、1台のCO2センサーを設置するので十分です。ただし、空間がパーテーションや什器(例:ロッカー、本棚、背の高い家具)によって仕切られていた場合、空気はそこで滞留しがちになります。これについて詳しくは、「逆効果に注意!~送風機やビニールシートが原因でクラスターに?」の章を参照してください。
なお、体育館、宴会場あるいは大きなホール等の広大な空間では、CO2ガスの拡散に時間がかかり、場所によってCO2濃度が異なる場合があります。このようなCO2ガスの濃度差を「濃度勾配」と言います。特に、利用者が均等に分散しておらず、一ヶ所に集まっている程、濃度勾配が大きくなりがちです。空間中に濃度勾配がある場合には、濃度が高くなりがちな場所を特定した上で、そのような場所ごにCO2センサーを設置すると良いでしょう。
実際に濃度勾配があるかどうかは、CO2センサーを持ち歩いて測定することで確認できます。多くのCO2センサーにはバッテリーが内蔵されています。内蔵されていなくても、USB電源タイプのものであれば、モバイルバッテリーを用いて動作させることができます。広い空間のどこにCO2センサーを置いたら良いか迷った場合は、ぜひ移動しながらCO2濃度を測定し、濃度勾配を確認してみてください。
ここまで、CO2センサーの設置方法について解説してきました。次章ではいよいよCO2センサーを使って「可視化」をしてみましょう。
CO2センサーによる「可視化」~誰が見る?
前章では、CO2センサーの望ましい設置方法を紹介しました。続いて本章では、いよいよCO2センサーの本領を発揮すべく、「可視化」の方法を説明します。
CO2センサーの測定値を可視化する方法には、次の3つの段階があります。
●段階1:定期的に記録し「管理者」がグラフを見る
これには紙や電子的な記録簿を付ける方法と、グラフ描画機能を持つCO2センサーを使って自動で記録する方法の2種類があります。後者の方が記録する手間を省けるので便利です。少なくとも1時間に1回程度の測定頻度で得られた、延べ1週間程度のデータをグラフ化すれば、室内のCO2濃度の推移や曜日毎の特徴をつかむことが出来ます。
●段階2:「スタッフ」が見える位置に置き定期的に換気させる
CO2センサーの表示をスタッフが定期的にチェックし、値が高かった場合には換気対策(詳細は次章以降)を行うように指導します。一定の濃度を超えたらアラームが鳴るものや、担当者にメール等で通知する機能を持ったCO2センサーが便利です。
●段階3:「お客様」に見せる
CO2濃度が概ね1,000ppm以下であることが確認できたら、換気が良い店舗・事業所であることをアピールするため、積極的にお客様にCO2濃度を見せて、換気対策が行われることをアピールします。
何も考えずにいきなりCO2センサーをお客様から見えるような場所に設置する方がいらっしゃいます。しかし、もしも高い値が表示されてしまったら、その店舗・事業所の評判を下げることになりかねません。また、もしお客様からCO2濃度に関してクレームを言われても、教育を受けていないスタッフは満足な応対ができないでしょう。そこで、段階1・2・3と順を追って可視化することをお勧めします。
ここで、実際の事例を見てみましょう。図6-1は東京都調布市にある焼き鳥店「い志井」さんでCO2濃度をグラフ化した例です。概ね1,000ppm以下を維持できていますが、夜間の仕込み時間帯の濃度が1,000ppmを超えており、換気扇が切れている作業していたことがわかりました。このグラフがきっかけで、夜間作業時にも換気扇を入れるような有効な対策ができました。
この店舗ではその後、スタッフにCO2センサーの教育を行い、最終的には店内のCO2濃度が低い店舗であることをアピールし、集客につなげようとしています(図6-2)。
「い志井」さんの場合は焼き鳥店ということもあり、機械換気設備のスイッチさえオンにしていれば十分な換気量が得られていました。しかし、このように換気が良好な店舗・事業所だけとは限りません。
ここまでで、CO2センサーの適切な「選定」「設置」「可視化」について紹介してきました。しかしCO2センサーで換気そのものを改善することはできません。そこで次章からは、CO2センサーによって換気が悪い「場所」や「時間帯」が見つかってしまった場合に、どのように対策をとれば良いかを説明します。
換気対策その1「自然換気」と注意点
自然換気とは文字通り、窓やドアなどを開放して、屋外の新鮮な空気を室内に取り入れることを指します。開放といっても常に全開にする必要はありません。窓やドアが数センチ開いているだけでも効果はあります。私たちが実際の事業所で行った実験では、換気扇などの機械換気(次章で詳しく説明します)と比べて、自然換気の方が数倍から十倍の換気能力を示す事があります。自然の風の力はそれほど強いのです。
しかし残念ながら、窓が空かない建物も多くあります。また特に繁華街や都会では、風俗営業法や近隣からの騒音苦情の関係で窓を開けることが出来ない場合もあります。もし皆さんの店舗・事業所に窓があって、それを開けることが出来るのなら、とってもラッキー!と思ってください。そして、ぜひ窓やドアを開けることを検討してください。
もし複数の窓があるのなら、さらにラッキー!です。対角線上にある窓を2つ開けると、風が通りやすくなります。窓が無い場合や、窓が1つしか無い場合は、ドアを開けると良いでしょう。ただし、もしドアが屋外ではなく屋内の廊下(外気に繋がっていない内廊下)につながっている場合は、その廊下にある窓も開けることが重要です。
ところが実際に窓を開けるとなると、現場では色々な問題が起こります。これまで私たちが経験してきた問題と対処方法を以下にご紹介します。
●外から見える、日焼けする
オフィスでは外から見えることでの機密管理上の懸念、また更衣室等ではプライバシーの懸念があります。多くの場合はカーテンや目隠しを設置することで対処できます。日焼け対策についてはレースカーテンも有効でしょう。
●防犯上の懸念がある
窓を開けるためには鍵を外すので防犯上の懸念が生じます。また、特に2F以上の階では、落下してしまう危険性などが良く議論されます。しかし窓開けといっても全開にする必要は無く、数センチ開いているだけでも十分に効果はあります。窓が一定以上開かないような鍵付きのストッパー等、便利で安価なものが売られていますので活用しましょう。
●虫が入る、雨が吹き込む
虫についてはズバリ、網戸を設置することで解決します。網戸が付かないサッシであっても、後付け・後貼りできる便利な網戸が市販されています。また雨が吹き込む場合は、せめて晴れの日だけでも窓開けを行うのも一手です。あるいは、雨除けのひさしも1万円以下で売られており、DIYで取り付けられるものもあります。
●窓が汚くて触りたくない、開けるのに力がいる
これも良くある問題です。カビや雑菌の繁殖を防ぐ衛生対策の意味でも、これを機に窓まわりの掃除と、グリスアップをしてください。
●エアコンが効かなくなる、環境に悪い
確かに換気のやりすぎは、エアコンのエネルギー効率を低下させます。エアコンが効かなくなるほど換気をするのは、体にも良くありません。そこでCO2センサーの出番です。CO2センサーによって可視化をすれば、換気をすべき場所・時間帯が見えてきます。1,000ppm以下を目安に、換気のタイミングを見極めてください。
●北風が吹きこんで寒い
特に冬場に北側の窓を開ける事で起こりますが、良い対処法があります。図7-1に、仙台市のクリニック「棚橋よしかつ+泌尿器科」で実践している待合室の事例を紹介します。北風が直接吹き込まないよう、ビニールカーテンで窓全体を覆っています。さらにビニールカーテンと窓の間に空間を作って、そこにサーキュレーターを入れることで、空気を攪拌しています。新鮮な空気は、ある程度暖められた状態で、ビニールカーテンと床・天井の隙間から徐々に入ってきます。これによって待合室の寒さ対策をしつつ、CO2濃度を1,000ppm以下に管理しています。
窓開けは無料で手軽にできて、効果抜群であることを説明してきました。しかしいざ窓を開けるとなると、現場では色々な問題も出てきます。ぜひ創意工夫をしながら、スタッフと管理者が一体となって、このコスパの良い自然換気を普及したいものです。
次章では、換気のもう一つの方法である「機械換気」について説明します。
換気対策その2「機械換気」と注意点
前章では自然の力を使った「自然換気」について説明しましたが、この章では電気モーターを使って室内を換気する「機械換気」について説明します。一般的な店舗や事業所では、機械換気のための装置として換気扇や、熱交換器(ロスナイ)が使われています。適切な機械換気装置の備え付けは法律(建築基準法やビル管理法)で定められていますが、実際に私たちが調査すると、とても機械換気装置が有効に動作しているとは思えない店舗・事業所や、そもそも機械換気装置が一切ない「無換気物件」も多数あるのが実態です。この背景には例えば、法律の施工・改正前の建物である、非居室からコンバージョン(用途変更)されている、施工後に改築が行われているなど、様々な建築上の要因があります。しかしそもそも、機械換気装置が故障または劣化している事例も非常に多くあるのです。
そこで本章ではまず、誰でも簡易的に機械換気設備の状態を確認するための「鉄則チェックポイント」を3つ紹介します。その次に、換気設備が無かったり、機能していない場合に対処した「あきらめない!事例」を2つ紹介します。
●鉄則チェックポイント1 スイッチは入っているか?
機械換気は電気を使って換気するので、スイッチが入っていないと換気できません。当たり前の話ですが、実はこれが出来ていない店舗・事業所が非常に多いのです。私たちがオフィス、店舗、病院、学校、工場を調査すると、ほぼ必ずと言って良いほど「部屋の使用中に換気装置のスイッチが切れている」という事例が見つかります。ほとんどの場合は「スイッチの入れ忘れ」が原因ですので、従業員教育の徹底や貼り紙をするなどの対策が必要でしょう。また、そもそもスイッチの表示がわかりにくい場合もあるようです。
図8-1(左)は換気装置の普通のスイッチですが、オレンジ色のランプが点いているので一見するとオンになっているように見えます。しかし一番上のスイッチは換気装置が「切」になっているときだけランプが点灯するタイプなのです。面倒なことに、この逆のタイプもありますので、ランプの点灯に惑わされないようにしましょう。ちなみに二番目のスイッチは「強」「弱」の切り替えで、一番下のスイッチは「ロスナイ」か「普通換気」を選択するものです。通常は「強」「ロスナイ」を選択しておくのが良いでしょう。
図8-1(右)は換気装置とエアコンが一体となった空調のリモコンですが、操作ボタン上には換気の文字が一切ありません。換気の設定を確認するためにはメニューを操作する必要があるのです。しかも換気の設定は何度かボタンを押さないと変更できない場合もあります。メーカーの取扱説明書はWebからでも参照できる事が多いので、今一度、換気がうっかりオフになっていないかどうかを確認してみてください。
●鉄則チェックポイント2 通気口が塞がれていないか?
通気口(ガラリ)が閉まっている事も非常に多いので注意してください。図8-2(左)のように閉じていることがすぐわかる場合もありますが、図8-2(右)のようにパッと見はわかりにくい場合もあります。わかりにくい場合は、次のチェックポイントの風量を確認すると良いでしょう。また、通気口が汚れていて気流が半減している例もあります。特に紙を扱うトイレや埃の多い場所、長年掃除していない場所は要注意です。なお、掃除をする場合は危険ですので、必ずスイッチを切ってから行ってください。
ドアの通気口にも注意が必要です(図8-2)。換気扇が付いていたとしても、空気の取り入れ口が必ず必要です。ドアに通気口がある場合、そこは大切な空気の取り入れ口ですので、絶対に塞がないでください。
●鉄則チェックポイント3 風量は十分あるか?
機械換気装置が正しく動作していれば、それぞれの通気口には給気または排気いずれかの風の流れがあるはずです。しかし、換気による風は微弱なので、その方向や強さを指や手で感じることは困難です。そこで活躍するのが「線香」と「ティッシュペーパー」です。線香の煙は、エアロゾル感染の原因となるマイクロ飛沫と同じものです。従って線香をたけば、マイクロ飛沫の流れを可視化することができ、室内の気流をチェックするのに役立ちます。特に、通気口が開いているかどうか、換気装置が作動しているかどうか、気流はどちら向きか(給気か排気か)については、線香を通気口に近づければすぐにわかります。通気口から空気が排気されている場合には、そこにティッシュペーパーを被せてみましょう。少なくとも、ペタリとティッシュが吸い付くくらいの風量は欲しいところです。換気装置が劣化したり、通気口が閉塞されていたりすると、ティッシュが吸い付かずに落ちてしまいます。
●あきらめない!事例① 厨房やトイレの換気扇を活用する
換気が足りない空間でも、厨房やトイレを有効活用して改善できた事例があります。ある病院で新型コロナ陽性患者の受け入れをする個室を調べたところ、経年劣化により換気扇の性能が落ちている事がわかりました。そこで急遽、トイレの換気扇をオンにすることで必要換気量をギリギリ満たすことができました。一般にトイレの換気扇はニオイ対策のため、比較的能力が高いものが使われています。その後、換気工事によってこの病室の換気は大きく改善しましたが、急場しのぎの策として知っておくと良いでしょう。
また、あるホストクラブでは、調理をしていないバックヤードにキッチンと厨房用のフード付き換気扇がありました。なかなかホールのCO2濃度が下がらなかったため一切使っていなかったバックヤードの厨房用換気扇をオンにしたところ、営業中のホールのCO2濃度を大幅に下げる事ができました。厨房用換気扇は風量が大きいものが多いので、ホールの換気の代用として使うことができたのだと思われます。ただし、ホールとバックヤードの間が通気する構造となっていることが条件です。もしドアなどで区切られていた場合は半開きとするか、通気口やアンダーカット(ドア下部をカットして隙間をつくる)を設けると良いでしょう。
●あきらめない!事例② 既存ダクトを有効活用する
あるライブハウスは地下で窓が無く、換気も悪い状態でした。躯体に穴を空けての本格的な換気工事は構造上の問題から難しいと言われていました。そこで専門業者に相談したところ、数万円のリーズナブルな簡易換気工事を提案されました。実は元々はラーメン屋だったため、天井には当時使われていた換気ダクトが残っていたのです。使われていなかったダクトと換気ファンを接続する簡易工事(図8-3、提供:C.H.C.システム株式会社)により、営業中のCO2濃度は大幅に減少しました。
本章では、誰でも出来る機械換気装置のチェック方法や換気の改善について、現場の様々な事例を元に説明してきました。なお、そもそも機械換気装置の設計が正しいかどうかや、換気回数や換気量を定量的に調べた上で改善したい場合には、専門知識と測定機材を持つ換気設備工事会社に依頼することが適切です。
次章では、自然換気と機械換気を補助するための、空気清浄機の考え方について説明します。
換気対策その3「空気清浄機」と注意点
空気清浄機には空気中のマイクロ飛沫を濾過して除去する能力がありますので、「空気に着けるマスク」と言えます。しかし、マスクなら装着者が呼吸する空気だけを濾過すればよいのですが、空気清浄機の場合は大きな空間全体を濾過する必要があります。そのためには「風量」も重要になります。
以下で、エアロゾル感染対策において空気清浄機に求められる条件を見ていきましょう。
●ポイント① HEPAフィルターを採用
厚生労働省では、商業施設における換気対策の一つとして、HEPAフィルターを搭載している空気清浄機を推奨しています。ここでHEPA(ヘパ)という耳慣れない言葉が出てきましたが、これはHigh Efficiency Particulate Air Filterすなわち高効率微粒子状物質濾過装置の略で、JIS規格によって『定格風量で粒径が0.3μmの粒子に対して99.97%以上の粒子捕集率を有しており、かつ初期圧力損失が245Pa以下の性能を持つエアフィルター』と規定されています。
JIS法では、JISのHEPA規格を満たしているフィルターのみHEPAと表記することが義務付けられており、これに違反した場合は罰則もあり得ます。ところが、メーカーによってはHEPAの基準を満たしていないにも関わらず「HEPAタイプ」などの紛らわしい表記をしている場合も確認されていますので、注意が必要です。
●ポイント② 風量が毎分5㎥(=毎時300㎥)程度以上
同じく厚生労働省は、風量が毎分5㎥(=毎時300㎥)程度の空気清浄機を推奨しています。また人の居場所から10㎡(6畳)程度の範囲内に空気清浄機を設置することとしています。
一部メーカーの空気清浄機では、全ての空気がフィルターで濾過されておらず、フィルターを通る空気と通らない空気(脱臭や加湿された空気)とが合流し、その合計風量が「風量」として記載されている場合もあります。そのため購入時には、「JIS規格で定義されるHEPAフィルターを搭載しているか」「風量が毎分5㎥(=毎時300㎥)程度か」に加えて、「風量の全てがフィルターを通過しているか」の3点をメーカーに良く確認すると良いでしょう。
●ポイント③ 十分な台数を設置する
このようなHEPAタイプの空気清浄機ですが、何台くらい設置すればよいのでしょうか。現状、空気清浄機の設置台数についてのガイドラインは特にありませんのであくまで目安になりますが、例えば毎分5㎥(=毎時300㎥)の能力だとすると、換気の悪い空間で使うのであれば、少なくとも50㎡(30畳)につき1台以上は欲しいところです。(天井高を3m、必要換気回数を毎時2回として、換気の代替として空気清浄機を用いると仮定しています)
空気清浄機さえあれば換気は不要ですか?という質問を時々いただきます。しかしもう一度、図1を思い出してください。残念ながら100%の対策というのはありません。1つの対策だけに頼るのは危険です。万が一感染者が室内に居て、ウイルスが多数浮遊しているとしましょう。たまたまHEPAフィルターを通って99.97%濾過された空気だけを吸っていれば良いのですが、そうなるかどうかは気流次第、運次第です。
これまでに紹介した対策やチェックポイントを元に、エアロゾル感染には、「自然換気」「機械換気」「空気清浄」「マスク」の着実な多重防護で打ち勝ちましょう。
次の章では最後の仕上げとして、私たちがクラスター調査で出会ったエアロゾル感染対策の注意点について紹介します。
逆効果に注意!~送風機やビニールシート
これまでエアロゾル感染に打ち勝つためのチェックポイントや対策をご紹介してきました。こところが実際のクラスター現場を見ていると、「対策が裏目に出てしまった」という事例に遭遇することがあります。本章では再発防止の意味でも、このような逆効果の例について代表的なものを2つご紹介します。
●ビニールシート・クラスター
1つ目はビニールシート・クラスターと呼んでいる事例です(参考リンク)。宮城県内の事務所では、図10-1のようにビニールシートで向かい合う席を区切っていました。職場の人たちは、これなら大丈夫という安心感があったようです。ところがビニールシートは横の隙間が無く、まるでビニールハウスのようにミッチリと張られていました。そのため結果的に、事務所の中に5つの区画を作ることになってしまったのです。このうち2つの区画に感染者が居たため、それらの区画内でクラスターが起きてしまいました。詳しく調査したところ、図10-1の右奥の区画では、ほとんど換気がなされていませんでした(換気回数は毎時0.1回)。
図10-2は、このビニールシート・クラスターを再現した実験写真です。空間を高いパーテーションで区切ってしまうことによって換気が阻害され、煙(マイクロ飛沫)が区画内に溜まってしまうことがわかると思います。
パーテーションは、高ければ高いほど良いというわけではありません。今一度、図1を見てみましょう。パーテーションは飛沫感染を防止するためのものですから、口から飛び出した飛沫をブロック出来れば良いわけです。従って人の頭の高さくらい、幅も肩幅くらいあれば十分でしょう。「飛沫感染」を防ごうとするあまり、ビニールシートやアクリル板を過剰に施工する事は、逆に「エアロゾル感染」のリスクを高めてしまうことになります。
<送風機クラスター>
2つ目は送風機クラスターです。換気を良くしようと、送風機(サーキュレーター)を室内に向けて置いていたところ、たまたま風の吹き出し口近くに居た感染者から飛沫が拡散し、クラスターとなってしまった例です。このような事例は送風機に限らず、業務用エアコンなど風量の大きい装置でも起きています。
この事例から得られる教訓は、「人に直接風を当てない」ということです。送風機を使って換気を行う場合は、「汚れた空気を室外に追い出す」という使い方をしましょう。つまり送風機をドアや窓の付近に置き、人の居ない屋外や廊下に向けて空気を送るのが良いでしょう。
おわりに
このガイドブックは、主に飲食店、音楽会場、病医院の管理者やスタッフの方々向けに、新型コロナウイルスの「エアロゾル感染」への対策を充実していただくべく執筆いたしました。学術的な観点に固執せず、誰もが実践出来るチェックポイントと対策に的を絞っています。これらは、私たちがこれまでCO2濃度を測定してきた200カ所以上の現場における換気改善支援の取り組みや、実際にクラスターが発生した現場での再発防止のための実地調査からの生きた知見に基づいたものです。
本ガイドブックに対してのご提案、疑問点あるいは店舗の換気について不安な事などがありましたら、ご遠慮なくご連絡を頂ければ、必ずご返信いたします。
また、万が一、店舗内でクラスターが起きた可能性があっても、業界でのけ者にされる、地域で後ろ指を指される、評判が落ち営業できなくなる等の理由から保健所へ連絡するのを躊躇する管理者の方も多いようです。また、保健所によってはエアロゾル感染の調査ノウハウを十分お持ちでない場合もあります。
業種や地域によって様々な事情があるかと思いますが、クラスターの再発防止のためには原因を科学的に調査して改善することが重要です。そんなときは私たちにメールを頂ければ、精密な調査と改善の助言をいたします。もちろん、秘密は厳守いたしますので、安心してご連絡ください。
いつか新型コロナウイルスの脅威が消え去り、店舗の皆様の努力が喜びに変わる事を心からお祈り致します。
ガイドブック制作者代表 石垣陽
電気通信大学特任教授 博士(工学)
本ガイドブックについて
制作
地域参加による換気の可視化~向上プロジェクト
電気通信大学 特任准教授 石垣 陽、教授 横川 慎二
監修
昭和大学 医学部内科学講座臨床感染症学部門 客員教授 二木 芳人
協力
東京大学 生産技術研究所 教授 野城 智也
産業医科大学 産業医実務研修センター 准教授 喜多村 紘子
公益財団法人 宮城県結核予防会 齋藤 彰
一般社団法人 日本音楽会場協会 代表 阿部 健太郎
渋谷区議会議員 橋本 ゆき
棚橋よしかつ+泌尿器科 院長 棚橋 善克
シー・エイチ・シー・システム株式会社 代表取締役 渋谷 俊彦
本ガイドブックについて
制作・協力・監修したメンバーの所属団体の見解を示すものではありません。
記載内容は2021年11月現在の情報に基づいていますが、今後の研究結果によっては修正・追加される可能性があります。
東京都政策企画局 令和3年度 東京都と大学との共同事業「地域参加による換気の可視化~向上プロジェクト」の研究成果が含まれています。
お問い合わせや取材のご依頼は、こちらまでお願いいたします。
ガイドブックはフリーコンテンツですので、印刷・配布・引用はご自由に行ってください。事前許可も一切不要です。
このガイドブックを団体(自治体・商工会・商店街・医師会など)にて配布いただける場合は印刷物を無料でお送りいたしますのでご連絡ください。