ふるえる光
光の粒子にはタテやヨコに振える不思議な性質があり、これを直線偏光(liner polarization)といいます。ヒトの眼は偏光を知覚できませんが、偏光フィルムという特殊な素材を通すことで、偏光が「色」や「明るさ」の違いとして見えるようになります。この原理を応用した最も有名な工業製品は「液晶ディスプレイ」(LCD)です。
ホワイトスクリーン
LCDでは液体状の結晶に電圧を加えることで、各ピクセルを通る光の偏光方向を制御しています。しかしヒトの眼ではそれが知覚できないので、最後に偏光フィルムを通過させて偏光を見えるようにしているのです。では、その偏光フィルムを取り除いたらどうなるでしょうか?
それがこの動画です。こんな風に、偏光フィルム無しには見えない、不思議なタブレットを作る事ができるのです。私はこの技術を「ホワイトスクリーン」と名付けました。ホワイトスクリーンは、アーティストやデザイナーによって世界中で使われています。
アートと医療の融合
この映像は、東京ステーションホテルで行われたルイ・ヴィトン社(LVMH)のTimeless Musesという大規模イベントの様子です。ニューヨークを拠点として活躍されているBASSDRUMの清水幹太さんが中心になって制作されました。仮面舞踏会のマスクに偏光フィルムが付いており、これを付けた人だけ映像が見える仕掛けです。このイベントをきっかけにホワイトスクリーンが広く知られるようになり、結果として小児弱視治療で使われる「オクルパッド」という医療機器が生まれました。まるで「ひょうたんから駒」のような話は、清水さんの連載「知らないうちに世界の子供を救っていた話」に詳しく書いていただきました。アートには「人を惹き付けて融合する」という力があると信じています。
インタラクション
これは東京・ロンドンを中心に活躍されているデザインファームTakramの緒方壽人さんが製作した「音めがね」という作品です。ホワイトスクリーンの前では不思議な音楽が聞こえてきます。虫めがね越しに映像を見ると、音楽の「仕掛け」が明らかになります。観客と展示物との相互作用(インタラクション)が組み込まれた巧妙なデザインでした。NHK「デザインあ展」や、全国の巡回展「魔法の美術館」などで展示され、子供から大人まで大変人気がありました。
インスタレーション
世界的に活躍しているデザイナーである、nendoのサトウオオキさんの作品です。プロジェクター型のホワイトスクリーンと傘を掛け合わせることで、影の部分に映像が落ちるという新しい体験が生み出されました。現代美術では、来場者や展示空間も含めてアート作品とする手法をインスタレーションと呼びます。公共空間や商品開発にも応用できる考え方だと思います。
なおこのプロジェクターは円偏光(circular polarization)を使っているので、傘が回っても映像が見えるという点に技術的先進性があります。今はまだ単色の表現しか出来ないのですが、今後はフルカラー版を開発する予定です。
新しいデジタルサイネージへ
NHKの「新・映像の世紀」という長編ドキュメンタリーの公開記念イベントでは、新丸ビルの1Fホールを使って、各章ごとに6つのホワイトスクリーンを設営しました。偏光フィルムを通してそっと覗き込むと、歴史が変わった激動の瞬間が映像として目に飛び込みます。どのブースの前にも人だかりが出来ており、大変な盛況ぶりでした。デジタルサイネージは「見える」ことが当たり前すぎて面白くない、これからは人間の「好奇心」や「怖いもの見たさ」に働きかける、新しいサイネージが必要だと感じました。
発想はモノから生まれる
元ホワイトスクリーンを発案したきっかけは2011年の東日本大震災でした。液晶が地震で落ちて割れ、一部の偏光フィルムが剥がれてホワイトスクリーンになったことから着想を得たのです。そこで、廃棄物のリ・デザイン活動で有名な群馬県のナカダイさんに相談して、産廃のテレビを搔き集め、量産化のための実験を繰り返しました。ナカダイさんは循環を前提としたクリエイティブな社会の再構築を目指していて、そのコンセプトは「発想はモノから生まれる」です。私も大好きな言葉です。
光って楽しい!
ホワイトスクリーンは現在、上野の国立科学博物館で常設展示されています。元々は産廃から生まれたテレビたち。休日になると、好奇心いっぱいの子供たちに囲まれて幸せそうです。見えないものが見えたり、偏光フィルムを回して色が変わるのが面白いようです。こうした原体験がいずれ、将来の発明家、エンジニア、アーティストの糧になってくれたら嬉しいです。下の写真はニューヨークのMaker Fairで展示したときのものです。
風をつかう
こちらも、デザインファームTakramの緒方壽人さんの作品です。ホワイトスクリーンの手前には、天井からいくつもの偏光フィルムが吊るされています。それが空調の風で揺れ動くのです。とても不思議な映像体験でした。デジタルサイネージに「風」を取り込むという発想は、おそらくこれまで誰も考えつかなかったのではないでしょうか。
水をつかう
こちらはイメージソースという会社の方と実験的に作ったものです。偏光フィルムの代わりに、ホワイトスクリーンを水面に反射させて映像を作っています。このように水や床などで光を反射させるだけで、偏光フィルムを通したのと同じような現象を作り出すこともできます。興味のある方はフレネル係数、ブリュースター角などを調べてみてください。
こういった原始的な自然現象も、新しいサイネージに応用できるのではないかと考えています。
参考文献
- 石垣 陽,田中 健次,半田 知也,緒方 壽人: 見えない液晶「ホワイトスクリーン」の 広告・アート・医療機器への応用, 第24回一般社団法人情報処理学会シンポジウム インタラクション2020, 学術総合センター内一橋講堂, 2020/3/9