アフリカのキッチンが大変なことになっている?

ある日、ルワンダ環境局(REMA)とテレビ会議をしていたら「キッチンの大気汚染」の話題になりました。今までポケットPM2.5センサーでは屋外の大気ばかり測定していたのでピンとこなかったのですが、まずは自分の眼で確かめる事が大切だと思い、行ってみました。ソウル発券の安い飛行機で出発してカタール・ドーハで乗り継ぎ、ウガンダ・カンパラを経由してルワンダの首都キガリまで26時間くらいかかりました。

現地の人に一般家庭まで案内してもらい、早速測定を始めます。すると、見たことの無い数値が表示されました。999.9ug/㎥、つまり測定限界を超えていたのです。米国環境保護庁(US-EPA, United States Environmental Protection Agency)の基準では、500ug/㎥以上はHazardous(危険)とされます。良くない数字です。現地ではキャッサバ芋や牛肉を煮込むため、長時間の個人曝露も懸念されます。

室内の大気汚染が原因で早死する人の率を色の濃さで表した図(超過死亡率という)、サブサハラアフリカ(SSA)とアジアの途上国に集中している[1]
調理に使える燃料と世帯収入との関連、貧しい家庭ほど原始的な固形燃料(作物残渣、糞、薪、炭を使っていることがわかる)[2]

年間160万人

文献を調べると、途上国での室内PM2.5汚染は専門家の間では知られていました。年間160万人の早死(premature death)をもたらしており、特にアフリカ、中東、南~東南アジアの貧しい国の死亡率が高いようです[1]。これには理由があり、貧しい家庭ほど原始的な固形燃料(作物残渣、糞、薪、炭)に頼らざるを得ません[2]。そしてこれらを燃焼させると大量のPM2.5が排出されるのです。ルワンダの農村部でも、98%の家庭が薪や木炭を燃やす原始的なストーブを使っているようでした。

この160万人は疫学的に計算された数字なので、具体的に誰が亡くなったかはわかりません。このように「身近に感じにくいリスク」に対して、ヒトはなかなか興味を持てません。ましてやPM2.5には、気絶や痙攣など急性の生体影響が無いので、例え濃度が上がっていてもその悪影響を知覚できないのです。これがもし一酸化炭素(CO)のように急性影響があれば、換気構造は今と異なるデザインになっていたでしょう。ヒトの知覚能力を補うような測定器があれば、リスク認知の手助けになるのではないでしょうか。

教会でのワークショップ

PM2.5とは何か?なぜ危険なのか?どうすれば曝露を減らせるのか?煙のリスクについてもっと知ってもらい、現実的な対策を地域の人と一緒に議論したいと思いました。そこで村の教会にポケットPM2.5センサーを持ち込んでワークショップを試行しました。村民からは「キッチンで体に悪い煙が出ているとは思わなかった」「確かに咳や涙が出ることがある」「でも料理はしないといけない」等の様々な意見が出ました。突然現れた日本人を温かく出迎えてくれて、最後に皆でゴスペルの合唱を歌ってくれました。この動画を見る度に、遠いルワンダとの繋がりを感じて勇気が出ます。

ヒトには誰でも利用可能性ヒューリスティクス(availability heuristic) という認知バイアスがあります。リスクについて見聞きする機会が増えるほど危険性を意識し、あまり見聞きしないリスクは過小評価します。フィールドワークをするうちに、地域住民には「PM2.5への関心の向上」と「安価にできる対策」がセットで必要だとわかってきました。

村に換気扇がやってきた

5つの家庭でポケットPM2.5センサーを使った継続的な測定を行ったところ、やはり薪や炭などの固形燃料を使っている家庭では、調理中に1mg/㎥を超える高濃度のPM2.5に曝露していることがわかりました[3-4]。曝露しているのは主に女性で、同行していただいた看護師さんと一緒に呼吸器の状態をヒアリングしたところ、咳や涙など何らかの自覚症状もありました。

そこで汚染が高かった世帯を対象に、ソーラーパネルを使った換気扇を設置する実証実験を行いました。キガリ市内の低所得者層が住む村に、初めて換気扇が導入された瞬間です。ルワンダの環境省や、国連関係者も見学に来てくれました。

換気扇の導入によって、キッチンを利用する時間帯では有意にPM2.5が低下することがわかりました。自覚症状も減ったようです。しかしバッテリーのメンテナンスや、ソーラーパネルそのものの導入コストが掛かりすぎるため、残念ながらこのシステムを広く普及させることは難しいことがわかりました。何もかもがトライ&エラーの日々です。

ソーラー換気扇を動かした瞬間の写真、上部にある排気ダクトから煙がモクモクと排出されている。

ゲーミフィケーション

いま試行しているのは、スマートウォッチサイズの小さなゲーム端末です。端末の中に住んでいるキャラクターが居て、PM2.5の濃度に応じて振る舞いが変化します。このゲーム端末を使って、眼に見えないPM2.5の存在を子供たちに気づいていもらえないか、これから現地の学校と協力し、実験を進めるところです。このゲームはオープンソースとしてGitHubでも公開しています。

衛生教育を行う上で「子供」は重要なプレイヤーになる、と初めて教えて下さったのは、横浜創英大学大学院で地域精神看護学を研究されている江藤 和子教授です。江藤先生はアルコール依存症について、子供向けにゲーム感覚で知識を得られる教材を工夫して作り、その子供を入口として、アルコール依存の問題がある家庭への介入(intervention)を試行されています[5]。

オクルパッドのページでも紹介しましたが、辛い訓練や学習の場に「遊び」の要素を入れることで、楽しみながらも効率的に目的を達成させる手法をゲームフィケーション(gamification)といいます。人間活動の本質は「遊び」だという説もあるくらいです[6]。特に子供は遊びに時間を惜しみません。

ゲームに限らず、絵本や紙芝居のような仕掛けをうまく使って、体験型学習により環境衛生に関心を持ってもらえるような仕組み作りが重要だと思います。

かまどの力

もう一つ、注目しているのが「かまど」です。かつて岸田 袈裟さんがケニアで国際協力機構(JICA)の活動に参加した時に、遠野かまどを手本として、現地にある土・藁・石・水だけで作れるカマドを普及させ、地域の乳幼児死亡率低減と薪の使用量削減に貢献されたそうです。この話は「エンザロ村のかまど」[7]という絵本になっているので、ぜひご覧ください。

近年では中西 葉子さん(JICA 平成19年度3次隊/マダガスカル/村落開発普及員)がマダガスカルで同様のカマド(Kamado Yoko)の普及に尽力されました[8]。また筑波大学の原 忠信先生は、東日本大震災の被災地でカマドを作る活動KAMADO PROJECTを主宰されています。このように最小の資源で最大の効果を得るデザインの手法は「倹約工学」(frugal innovation)とも呼ばれます[9]。日本人なら「もったいない」と言った方がわかりやすいかもしれません。ルワンダにも日本式のカマドを普及させることが出来たら良いなと思っています。

世界的には、ICS (Improved Cookstoves)といって、高効率の調理用器具を途上国に普及させる活動があります[10]。しかし現地の農村を回っても誰もICSを使っていません。聞けばICSの材料である金属やセラミックは高価なため、貧しい人には買えないそうです。薪を使うの一番の理由は「無料だから」だそうです[11]。ルワンダの農村地域では、無料の材料で実現できる「倹約工学」に基づいたソリューションが求められると感じました。

ルワンダのご飯:左から時計回りに牛肉の煮物、豆、キャッサバの葉、皮つきピーナッツのマッシュ、キャッサバ、アフリカ米(ネリカ稲)、地元のビールを添えて

最後に

このプロジェクトはまだ始まったばかりで、まだ明確な手法やゴールが定まっていません。しかし、人類と公衆衛生のために、「走りながら考えて」、進めるべきものだと思っています。

ご協力いただける知識・スキルをお持ちの方は、ぜひご連絡をお待ちしています。

ルワンダのご飯は美味しいですよ、一緒に訪れてみませんか?

参考文献

  1. Hannah Ritchie and Max Roser: Indoor Air Pollution, Published online at OurWorldInData.org, 2020.
  2. World Health Organization (WHO): Fuel for life: household energy and health, 2006.
  3. Takashi Yoda, Irankunda Elisephane, Yo Ishigaki, et al.: Seven Months Observations of Indoor Air Pollution in Kigali Rwanda, Proc. of 15th International Conference on Atmospheric Sciences and Applications to Air Quality, , Kuala Lumpur, Malaysia, 28-30 Oct. 2019.
  4. 依田 隆志ほか:アフリカ・ルワンダでの室内大気汚染の実情、2019年室内環境学会学術大会予稿、沖縄
  5. 江藤 和子, 田中 健次:実践論文 ICTを活用した薬物乱用防止教育プログラム─親子で学ぶ飲酒防止教育の試み─ 、教育システム情報学会誌/28 巻 (2011) 1 号/書誌、 p. 71-79、DOI https://doi.org/10.14926/jsise.28.71
  6. ヨハン・ホイジンガ (著)・里見 元一郎(訳):ホモ・ルーデンス 『文化のもつ遊びの要素についてのある定義づけの試み』、講談社学術文庫、2018年03月11日
  7. さくま ゆみこ 文 / 沢田 としき 絵:エンザロ村のかまど、たくさんのふしぎ傑作集、福音館書店、2009年06月20日
  8. 独立行政法人 国際協力機構(JICA):マダガスカル国 ハイブリッド型ロケットクッキング ストーブとエコ燃料の製造販売事業 基礎調査 業務完了報告書、平成 29 年 5 月 (2017 年)
  9. Christian Le Bas Dans : Frugal innovation, sustainable innovation, reverse innovation: why do they look alike? Why are they different?, J. of Innovation Economics & Management, 2016/3 (n°21), pages 9 à 26.
  10. Accenture Development Partnerships: Global Alliance for Clean Cookstoves Rwanda Market Assessment Intervention Options , April 2012
  11. A. Butare et al.: Enquiry on the use of improved cooking stoves in Bugesera, Kirehe and Ngororero Districts, p.11 (table 11: Mode of firewood acquisition), Draft Report, Africa Energy Services Group Ltd.